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サブスク解約できないのは意志のせいじゃない|認知科学の答え

解約しようと思って、そのままにしている月額サービスが、いくつかある。動画配信に始まって、音楽ストリーミング、クラウドストレージ……名前すら覚えていないものまで。毎月、知らないうちに銀行口座から数百円、数千円が落ちていく。

46歳、サービス業に勤めて20年以上。専門知識もない、平凡な人間だ。

このモヤモヤした感覚に、ずっと名前がほしかった。「自分の意志が弱いのか」「家計管理が下手なのか」「単なるズボラなのか」。そういう個人的な理由で片付いていたことが、実は構造的な問題だったとしたら。この記事は、その問題に少し近づく話です。

「その時みたかった動画があった」——サブスクに入った夜の話

入口の一瞬

仕事から帰宅して、風呂に入って、ソファに横になった時のこと。スマートフォンで動画配信サイトを検索していた。その時、「どうしても見たい映画」があった。テレビのニュースで取り上げられていて、なんとなく話題になっているのだろう、と思っていた作品。仕事仲間が「面白い」と言っていたドラマも、ずっと頭の片隅に残っていた。

月額1,000円ちょっと。そのサービスに入れば、その映画もドラマも、全部見放題になる。

迷わなかった。ほぼ反射的に、登録ボタンをタップした。

その夜、ベッドに入ったのは午前1時を過ぎていた。画面の前で3時間、あっという間に消えていた。

「今足りないもの」への視野狭窄

この現象には、研究上の名前がある。心理学者のMullainathan と Shafir は、2013年の著書『Scarcity: Why Having Too Little Means So Much』の中で「トンネリング」と呼んだ。**希少性マインドセット**と呼ばれる脳の状態の、入口にあたる仕組みだ。私たちの脳が「今、足りないもの」に焦点を当てると、それ以外のすべてが視野から消える、という話だ。

お金がない時は、お金のことだけが頭を占める。時間がない時は、時間を作ることだけが最優先になる。そしてその状態では、普段なら気になるはずのコストや将来の負担——「これ、本当に毎月払い続ける価値があるか」という問いが、脳の中からきれいに消える。あの夜の私の視界には、「その映画を見る」ことだけがあった。月額1,000円という毎月のコストは、その瞬間、まったく引っかからなかった。

なぜ「解約する気力」が生まれないのか

解約がめんどくさいという感覚

それ以降利用していないが解約がめんどくさくて解約していない。

見たかった映画は見た。ドラマのシーズン1も途中で飽きた。もう3ヶ月は、ほぼ起動していない。それでも、毎月、銀行口座からお金が落ちている。解約しようと思う。何度も思う。なのに、実行に移らない。

なぜか。解約画面にたどり着くまでのステップが多い、というのはある。パスワードを入れて、アカウント設定を開いて、注意書きを読んで……その途中で何度も「本当に解約しますか」という引き止めメッセージが現れる。

でも本当の理由は、もっと深いところにある。

認知資源の枯渇

認知心理学者の Mani と Mullainathan らは、2013年に学術誌『Science』で、ある実験結果を報告した。金銭的に困窮している人と、経済的に余裕のある人に、同じ認知テストを受けてもらった。すると、金銭的な不安を抱えている人のスコアは、13〜14ポイント低かった。IQが一時的に低下したのと同程度の落ち込みだ。

原因は、脳の「認知資源」——注意を向ける能力、判断を下す能力、複雑な手続きを完了する能力——が、お金の心配によってすべて食い潰されていたからだ。「お金を何とかしなければ」という課題が脳の容量を満杯にすると、それ以外の判断力や実行力は、もうほとんど残らない。引き出しが満杯で、新しいものを入れようとしても物理的に入らない、あの感覚に近い。

出口の構造

解約画面に向かうたびに、意識と無意識のあいだで何度も問われる。「本当に解約していいのか」。その都度、少しずつ判断のコストがかかる。ただでさえ、脳の燃料はすでに別の不安——来月の給料、子どもの学費、親の介護費用——に削られている。

だから「また今度でいいや」になる。

意志が弱いのではない。判断と実行に必要な脳の燃料が、ただ、もう残っていないだけだ。

お金の心配が「悪循環」を動かしている

希少性の罠のループ

Mullainathan と Shafir の研究には、「scarcity trap(希少性の罠)」という概念が繰り返し登場する。何かが足りない状態が、さらに悪い判断を招き、その悪い判断がまた「足りない状態」を深くする、という悪循環のことだ。希少性マインドセットは、この罠の入口でもあり、出口を塞ぐ壁でもある。

お金が足りないから判断力が落ちる。判断力が落ちるから、無駄な契約が増える。無駄な契約が増えるから、お金はますます減る。解約すればいいのに、その気力も奪われている。気力を奪われているから、月額1,000円の積み重ねに気づかないまま、3ヶ月、6ヶ月が過ぎていく。その6ヶ月で失った6,000円が、また選択肢を狭くする。

あなたのせいではない。これは構造の話です。

個人的な責任に見えるが、実は認知資源が足りない時代の話だ。だから「意志を強くしよう」「家計管理を学ぼう」という提言は、ここでは的外れになる。学ぶための認知資源が、もうないのだから。

関連記事:「節約が続かない」のも同じ構造だった

節約できない自分を責めないで|脳が邪魔している科学的理由 →

映画を選べなかった夜——選択肢が多すぎると何が起きるか

ドラマのタイトルを前に、時間だけが過ぎていく

映画とかもみたいが良い映画を見たい為、どれがいいか調べている間に時間がなくなり、気力もなくなる。

サービスの中には、何百という映画とドラマがある。新作、旧作、海外、国内、韓国ドラマ。ジャンルだけで軽く二桁はある。

選ぼうとした瞬間から、脳は消耗し始める。

どれにしようか調べているうちに仕事の日々が過ぎて、気づけば一週間、二週間。その間、サブスクリプションは毎晩、確実に契約されたままだ。

ジャム実験——24種類と6種類

心理学者の Iyengar と Lepper が2000年に発表した有名な実験がある。スーパーマーケットのジャムコーナーで、ある日は24種類のジャムを並べ、別の日は6種類だけにした。すると、24種類の日は多くの人が立ち止まったが、実際に買った人の数は6種類の日よりずっと少なかった。選択肢が多すぎると、人は選べなくなる。

映画配信サービスは、ジャムコーナーの100倍以上の選択肢を目の前に積み上げている。「最適な映画」を探そうとすると、どの作品も「悪くはないが、最高でもない」に見えてくる。「今週のおすすめ」も確認した。「高評価」も眺めた。でも「本当に見たい映画」にはまだ出会えない、という感覚だけが残る。

選び続ける人の心理

心理学者の Barry Schwartz は2004年の著書『The Paradox of Choice』の中で「maximizer(最大化志向)」という概念を提示した。最良のものを求めて選択肢を比較し続ける人のことだ。こうした人は、商品を手にしても満足できない。「他にもっと良い選択肢があるかもしれない」という疑いが、ずっとつきまとう。その消耗は、かなりリアルだ。

映画を見るために登録したサービスが、映画を見ることを難しくしている。逆説、というより皮肉に近い。

認知資源枯渇と選択肢の二重負荷

ここで、さきほどの「認知資源枯渇」の話と重なってくる。お金への不安があれば、脳の判断能力はすでに14ポイント落ちている。そこへ300本の映画という選択肢が来る。低下した判断力に、さらに選択肢の多さが追い討ちをかける。その二重の負荷の中で、「今夜、何を見るか」という判断を迫られ続ける。

気力がなくなるのは、当然だと思う。

第三者観察——「映画を選べない人」はどこにでもいる

観察の視点への移行

一度、第三者の視点に立ってみる。もし友人が「映画を見たいのに、選べなくて困っている」と言ったら、どう聞こえるだろう。「選択肢が多いのだから、自分のペースで選べばいい」と思うかもしれない。でも、その友人の脳の中では何が起きているか。おそらく複数の「足りない状態」に、同時に引っ張られている。

3層の統合理解

この構造には、三つの層がある。ただし、それぞれが独立しているわけではない。

入口では、見たかった映画のために月額1,000円を払うことが「安い」と感じた。脳がトンネリングしていて、毎月の継続コストが視野に入らなかった。そのまま数ヶ月が経ち、今度は解約しようとするたびに判断のコストがかかる。お金への不安が認知資源をじわじわ削っていて、解約という「めんどくさい手続き」を実行するエネルギーがもう残っていない。さらに、たまに「せっかくだから何か見よう」と思っても、何百本もの選択肢の前で選べなくなる。認知資源がすでに底をついているところへ、選択肢の過多が最後の一押しをする。

この三つが、同時に動いている。どこか一点の「弱さ」のせいではない。

この「仕組み」に名前がつくと、少し変わること

Why記事の価値

「こうすれば解約できます」という情報は、世の中にいくらでもある。解約画面への最短ルートを教えてくれるサイトも、ブログも。ただ、その情報を知っても、多くの人は解約できないままでいる。問題は「解約方法を知らないこと」ではなく、「解約するための判断と実行の気力が奪われた状態」にあるからだ。

だからこの記事は「Why」だけを追った。「何をすべきか」ではなく、「なぜそうなっているのか」を。

その「なぜ」が見えると、少し違ってくる。自分の弱さや怠惰のせいだと思っていたことが、認知科学の領域で名前のついた現象だったと知ると、自分を責める心が、ほんの少し、やわらかくなるかもしれない。

最後の問い

あなたのサブスクは、どの層に引っかかっているだろう。入口で必要だと感じて登録したのに、今は解約する気力が出ない状態なら、認知資源がすでに削られているのかもしれない。見たい気持ちはあるのに、何百本もの選択肢の前で動けなくなっているなら、選択肢の過多が追い討ちをかけているのかもしれない。あるいは、その両方が重なっているのかもしれない。

どの層に引っかかっているかが見えると、対策も変わるはずだ。

次に読む:「片付けが続かない」も認知資源の話

片付けが続かない理由は脳にあった|意志のせいじゃない →

参考文献

  • Mullainathan, S. & Shafir, E. (2013). Scarcity: Why Having Too Little Means So Much. Times Books.
  • Mani, A., Mullainathan, S., Shafir, E., & Zhao, J. (2013). Poverty Impedes Cognitive Function. Science, 341(6149), 976–980.
  • Iyengar, S. S. & Lepper, M. R. (2000). When Choice is Demotivating: Can One Desire Too Much of a Good Thing? Journal of Personality and Social Psychology, 79(6), 995–1006.
  • Schwartz, B. (2004). The Paradox of Choice: Why More Is Less. Ecco.

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コウテイ

コウテイ

転勤族・一人暮らし歴20年以上

20代からサービス業で全国を転々。引っ越し20回以上の経験から、一人暮らしの食事・収納・節約を徹底研究。失敗も含めたリアルな情報を発信中。